明日は七夕ですね!
笹の葉に何か願いを託しましたか(笑)
最近、短冊はどうやって付けているのでしょう?
昔はこの時期になると、ティッシュペーパーを紙縒(こより)にして作った思い出があります(笑)
いくつになっても
「季節や風情を感じさせる行事」
というの忘れてはいけないしないがしろにしてはいけないと思っています!
ここ大阪のとある地域に七夕にゆかりが深い街があります。
皆さんどこかご存知ですか?
そうです。
北河内の
「交野ヶ原」
です!
交野ヶ原とは、現在の
「交野市〜枚方市にかけての一帯」
をさしています。
交野ヶ原には昔大陸の文化を伝えられたとされており、特に中宮の百済を造営した百済王一族はこの地に多くの影響を与えました。
平安時代、百済王一族と関係の深かった垣武天皇を始め平城、嵯峨、仁命天皇等が度々交野に行幸し、風光に恵まれたこの地を愛したのでした。
昔の貴族が
「鷹狩」
をしたり
「桜の花見」
を楽しんだりしたのもこの交野ヶ原です。
それにつれて多くの宮廷人が訪れ、四季折々の歌や七夕歌を残しています。
そして、交野ヶ原を地上での
「天の川七夕の地」
として位置付け、それにふさわしい名所を作り名付けたのです。
交野ヶ原一帯には
「星田」
「星ケ丘」
「中宮(北極星のある場所を意味する)」
という地名があり、天の川上流の
「磐船渓谷」
には物部氏の祖先神、饒速日命(ニギハヤヒノミコト)が天上より天の磐船で地上に降臨したという伝説をもつ
「磐船神社」
をはじめ
「星田妙見宮(北斗七星を祀る)」
「降星山光林寺」
「星ノ森」
の三ヵ所に星が降ったという降星伝説が残されています。
交野ヶ原地域はこれだけにとどまらず
「天津橋(天の港の意)」
「天田神社」
や、垣武天皇が道教の思想を受け入れ天神の星の祭典をしたという
「交野郊祀壇跡」
も伝承されています。
聖なる山
「交野山」
は機物神社のすぐ頭上にあります。
天女・羽衣伝説や枚方市の山手には
「夕鶴」
の話によく似た鶴と孝子鈴見伝説が残されています。
このように交野〜枚方地域には、古くから
「七夕」
「星」
「天体」
にちなんだ地名や伝承地がまるで星屑のように散らばっています。
七夕伝説では、七夕の夜、
「鵲(かささぎという鳥)」
が翼を連ねて橋を架け、彦星様と織姫様の二人を逢わせることに由来しています。
素敵ですね。
「交野ヶ原(交野〜枚方)」
一帯の七夕伝説。
なんでこんなに交野ヶ原の七夕について語るのかというと、私は昔
「交野市民」
だったからです(爆)
京阪の枚方駅前にも前述の伝説を示す
こんな看板があります。
駅前のどこにあるのか皆さん探してみてくださいね〜(笑)
明日七夕は皆さんそれぞれの
「心の中にある七夕」
を楽しんでください。
キャッスルからのたなばたプレゼントです(笑)
たなばたのモチーフは「七夕」と違いますけどね!
PS〜56000ゲッターの方連絡よろしくお願いします。
※〜55000ゲッターの和尚さん。次の練習でプレゼントお渡しします!