今年もこの日がやってきました。
「阪神淡路大震災から30年の月日が経ちました」
戦争を経験した人が、終戦記念日に平和を願って手を合わす想いがあります。
我々は戦争を経験していませんが、大震災を体験しています。
今日は、当時、被災した方々へ追悼の意を表す日です。
体験した震災のシーンを回想。
人が流す涙を見るのは決して好きではありませんが
「生々しい現実と沢山直視して向き合っていた瞬間」
悲惨な現状を思い出していました。
死ぬことを考えるのではなく
「生きる事の尊さ」
について探求するようになったのも
「阪神淡路大震災」
この未曾有の大震災を経験してからでした。
2011年には日本人の心に追い討ちをかけるように東北を中心とした人々が
「東日本大震災を経験」
しました。
阪神淡路大震災の発生時間
「午前5時46分」
東日本大震災が発生した時間
「午後2時46分」
1時間という一つの単位の
「4分の3」
を過ぎ去った時間
「46分」
という時間に色んな想いや運命さえ感じます。
一つ物事を回りきる前が一番怖いんだよと言わんばかりに…。
阪神大震災から30年たった今でも
「神戸の荒れ果てた街並み」
荒廃が記憶の奥底にまだ残像として残っています。
テレビから流れる当時の断片的状況を見ても記憶が脳裏から蘇ります。
「家屋や人が焼けた何ともいえない匂い」
「倒壊した家屋の前で泣き叫ぶ人達」
「帰らない家人を待ちくたびれて鳴き続ける犬の声」
「行く当ての無い無縁仏の山」
「電気がつかない暗い街」
「電車が途絶え出勤や通学に数時間かけて線路上を延々と歩く人の長い群れ」
「荒れた街中に響き渡る露天商の溌剌とした声」
「横倒しになったままの阪神高速道路」
「道路中びっしりと埋まった車が停滞して動かない状態の国道2号線・国道43号線」
「政府の対応の悪さに苛立つ人達」
「仮設住宅における人々の絆、共助の精神」
「仕入れた希少価値の水を灯油ケースに入れ、しょうゆちゅるちゅる等で振る舞うひとの姿」
「大流行した水無しシャンプーの優しい匂い」
「ユーミンが歌う『春よ来い』を聴きながら黙って涙を流す人々の姿」
母親が働いていた街。
「神戸三宮」
父親と母親が出会った街。
「神戸」
神戸という街が無ければきっと僕はこの世に存在しませんでした。
「幼いころ母親の手に引かれて歩いた北野坂」
「高校の入学祝に靴を買ってもらった元町」
「三宮商店街で食べる大好きな玉子焼き(明石焼き)の味」
両親との思い出が一杯詰まった大好きな
「神戸の街」
震災後に復興し
「神戸港に行きかう船の賑わいやルミナリエの光」
震災の年の年末。
この風景を見た時は
「本当に良かった」
そんな気持ちでただただ涙が溢れました。
キャッスルウインドアンサンブルは昨年末に阪神淡路大震災をモチーフとした楽曲。
「おほなゐ」
を取り上げました。
【おほなゐ~1995.1.17阪神淡路大震災へのオマージュ】
名称:楽団創立15周年記念演奏会・第15回定期演奏会LIVE ENTERTAINMENT「祭-MATURI2024-」
日付:2024年12月21日(土)
場所:大東市立総合文化センターサーティホール(大ホール)にて収録
演奏:キャッスルウインドアンサンブル
あの大惨事が人々の記憶から忘れてしまうこと、過ぎ去ってしまうことが罪とならないよう、沢山の失った命の魂が鎮まるよう心からお祈り致します。
命の尊さを大切に。
そして未来へ向けて力強く歩くために。
合掌